すかSUKI

 
EPA(Economic Partnership Agreement)を通じて介護福祉士、看護師候補者生を受入れている国であり、日本語学習者が多い事がきっかけで留学したインドネシア。出国前から「すかSUKI」の活動を行う事を考えていたわけではなく、下記の経緯から始めるに至りました。


○出発点は「日本人としてできる事」

2014年2月からのインドネシア留学中、日本人の私にできるのは日本語を現地の学習者に教える事でした。友人から「会話の練習を手伝って」と頼まれれば喜んで話し相手になりましたが、このような形で手伝えるのは基本的に直接会える人だけで、一度に数多くの学習者のお手伝いをするのは難しいです。

インドネシアでは87万人以上の多くの人達が日本語を学習しており、その人数は世界で2番目、全学習者の約22%を占めています。その為より多くの日本語学習者の力になる事ができる方法はないか、と徐々に考えるようになりました。(2012年度国際交流基金調査データ

 

○インターネットを利用しお互いに意味のある活動を

違う場所にいても、多くの人と接する事ができれば何かできるかもしれない…。と考えて出した答えはインターネット。この答えはすぐに出ましたが、では何をするかが一番の問題でした。そこで考えたのがインドネシア人の日本語学習者にインドネシアを紹介してもらう事です。

海外経験のほとんどなかった私は、留学前にインターネットでインドネシアの情報を検索しました。しかし、日本語で書かれている情報はあまりなく、多くはバリ島への旅行に関する情報ばかり。私がそうだったように多くの日本人にとって、インドネシアから連想するイメージはバリ、という人が多いのではないでしょうか。

実際に生活をしてみてインドネシアの良さを知り、もっと日本人にも知ってもらいたいと思っていた事。そして外国人である私ではなく、生まれ育った自分の国を彼ら自身に紹介して欲しいという気持ちから、「日本語を日本人と共に学習でき、日本語でインドネシアの情報を発信するウェブサイト」というコンセプトが決まりました。

 

○アイデアを伝えるためのジャワ島行脚

やる事が決まったものの、実現するためには私だけではできません。何故ならインドネシア人の日本語学習者に記事を書いてもらう必要があるからです。その為協力してくれるメンバーを探しが始まりました。

とは言ってもまだ留学して間もないので現地の知人、友人はほとんどいません。その為SNSを主に使い大都市の日本語学習者を探してメッセージを送り、アイデアを伝えて興味を持ってくれる人を探しました。その結果メンバーを探しの為に訪問した都市は、私が住んでいたバンドゥン、首都ジャカルタ、中部ジャワのジョグジャカルタ、東ジャワのスラバヤ、マランの5か所。最終的に初期メンバーとして約20名程が参加をしてくれて、無事スタートできる準備が整いました。

メンバーを見つけられたのはもちろんですが、言葉も不自由、右も左も良くわからない私を訪問先でメンバーがサポートしてくれて、インドネシア人の優しさにも触れる機会となりました。

バンドゥンマリオボロ

 

○ウェブサイト完成と湧き上がる疑問

ウェブサイトには現在インドネシアに関する記事が現在約80程掲載されています。お陰様でその後もメンバーが増えて、記事の数も充実してきました。

そして、メンバーとの交流を深めていく中でわかってきた事がありました。それは、日本語を学習してもそれを活かせる環境が少ない。という事です。日本語学科を卒業したメンバーで、日本語を使って仕事をしている人は決して多くなく、全然使わないので日本語はほとんど忘れてしまったという人もいました。

果たして本当にそうなのか…。そのように考え事実を確認してみたくなった為、メンバーや友人に日本語学習者が在籍する大学を教えてもらい、一度実際に訪問してみる事にしました。

最初からすべて把握する事はできませんでしたので訪問先の先生にうかがったりしながら最終的に約40大学に訪問する事ができ、先生や生徒から生の声を聴く事ができました。

そこからわかったのは、首都ジャカルタ周辺には多くの日系企業が進出している為日本語を使う仕事がそれなりにあるものの、それ以外の地方についてはそのような機会は少なく、そもそも日本とかかわりのある仕事に就けるチャンスがほとんどない、という事でした。更に、そのチャンスの少ない環境は勉強のモチベーションや日本語教育環境にも影響し、学生の日本語能力にも表れているという事もわかりました。

 

○何のために日本語を勉強するのか?

各地を周り学生と話をする中で、何となく日本語を勉強している人が多いと感じました。私自身大学時代そうだったので偉そうな事は言えないのですが、今思えば大学時代にもっと勉強しておけばよかったと思います。また、将来日本語を使って仕事をしたい、日本で働きたいと言ってはいるものの、その為に何をすべきなのかを知らない、理解していない人も見受けられました。

日本語の勉強を始めたきっかけは、子供の頃から日本の漫画やアニメを観ていたから、というのが最も多い理由でしょう。楽しんで勉強する事自体は悪い事ではありませんが、動機が弱いと日本語学習を苦痛に感じてしまうタイミングで勉強意欲は落ちますし、人によっては日本語学習をやめてしまうでしょう。そのような時に勉強のモチベーションとなりうる、勉強したその先を見せ、聞かせてあげられる、そのような環境が十分でないように思います。

まだまだ多くないとは言え、インドネシア国内で日本語を使って仕事をするチャンスは増えています。もっと学生生活を有意義に過ごしてもらう為にも、勉強したその先の可能性や正しく役に立つ情報を伝えていく必要性を感じました。特に働く場に関しては、社会保険労務士として人事業務に携わってきた私の分野ですので、少しずつでも彼らにとって役立つ情報を提供していこうと考えるようになりました。

 

○日本で生活する先輩方へのインタビュー

2015年2月に留学を終え帰国してすぐにとりかかったのが、日本で生活するインドネシア人へのインタビューです。その理由は、日本語学習のその先にあるものを、具体的に伝えたいと思ったからです。日本で通訳・翻訳の仕事をしている人、国費留学生、私費留学生、日本語学校留学生等、様々な人達に協力していただき生の話を聞く事ができました。

更に、私は日本が現在置かれている状況や制度についての内容をまとめ、他の国との比較の中でインドネシアの事を伝えられるよう、外国人に関する統計等の客観的なデータを収集しました。

そして2015年9月から大学再訪問を3か月かけて行い、「日本の少子高齢化と求められる日本語人材」というテーマで約20の大学で発表する機会をいただき学生達に直接メッセージを伝える事ができました。

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どの程度私の話が彼らの役に立つものかはわかりませんが、引き続き新しい情報をお伝えしてきたいと思います。
(※「すかSUKI新聞」を発行し現地に日本の生の情報をお届けしています)

 

○これからの私の役割

少子高齢化による人口減少社会を迎えている日本。既にコンビニエンスストアや飲食店等のサービス業で多くの外国人が労働者として活躍しています。技能実習生によって事業が継続でき存続している会社や産業もあると思います。このような状況から、日本に来たい人たちにとって今までよりもチャンスが増えるのは確実です。

一方で、言われた事を鵜呑みにして来日し、その後思いもよらぬ多額の出費が必要となり、生活が立ち行かず泣く泣く帰国する人がいるのも事実です。このような事は両国にとって良くないですし、何より大きな決断をして憧れの日本での生活を夢見て海を渡ってきた彼らの人生が狂ってしまう事になりかねません。

社会保険労務士として、インドネシアと関わりがある者として、来日前に彼らに正しい情報を伝え判断材料を提供していく事、そして日本に来た人たちをサポートしていく事が私の役割だと思っています。

 

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